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遺伝子組換え食品表示を義務化するアメリカ連邦法の成立過程

2016年に全米で義務化された遺伝子組換え食品表示

アメリカにおいては、後述のとおり遺伝子組換え作物(GMO)が広く普及しており、日々の買い物の際にスーパーマーケットなどで目にする品物の多くには、遺伝子組換え原料(GM原料)が使用されている。そうした状況の中で、GM原料を含む食品について特別な表示を求める連邦法が存在しなかったことから、消費者団体を中心に遺伝子組換え表示(GM表示)の義務化に向けた取り組みが展開され、いくつかの州で州レベルでの立法につながってきた1が、これまでは全国レベルでの表示義務は制度化されていなかった。

そうした中、昨年7月29日、オバマ前大統領は、全米で食品のGM表示を義務付ける連邦法案に署名し、GM表示が全国レベルで義務化されることとなった。これにより、各州の制度は全国レベルの基準に統一されることとなる。

同法の成立を受け、法案内容の調整に当たったアメリカ議会幹部は、「これまでで初めて、消費者はGM原料を含んだ食品にかかる全国的な義務表示を手にすることになった」と成果を強調したほか、農業・食品・小売企業の多くからも歓迎する声が聞こえてきているが、一方で、義務化を求めてきたはずの消費者団体などからは、その内容への批判も聞こえてきている。今回は、この温度差の違いの背景を探ってみることとしたい。

 

遺伝子組換え食品がごく一般的となっているアメリカ

まず本題に入る前に、世界およびアメリカにおけるGMOの生産状況について概観したい。

世界のGMOの栽培面積は、商業化され始めた頃の1996年には約170万haであったものの、約20年後の2015年にはその100倍以上の約1億8000万haに拡大している。このうち、上位3カ国が全体の約8割のシェアを有しており、中でもアメリカは、世界の栽培面積の約4割を占め、主要穀物であるトウモロコシと大豆では、国内の生産面積に占めるGMOの割合がそれぞれ約92%、94%に上るなど、世界一のGMO生産大国となっている。

 

【世界の遺伝子組換え作物栽培面積(2015年)】

面積

(百万ha)

全体に占める割合(%) 主要品目
1 アメリカ 70.9 39.5 トウモロコシ、大豆、綿花、菜種、テンサイ、アルファルファ、パパイヤ、カボチャ、馬鈴薯
2 ブラジル 44.2 24.6 大豆、トウモロコシ、綿花
3 アルゼンチン 24.5 13.6 大豆、トウモロコシ、綿花
4 インド 11.6 6.5 綿花
5 カナダ 11.0 6.1 菜種、トウモロコシ、大豆、テンサイ
6 中国 3.7 2.1 綿花、パパイヤ、ポプラ
7 パラグアイ 3.6 2.0 大豆、トウモロコシ、綿花
8 パキスタン 2.9 1.6 綿花
9 南アフリカ 2.3 1.3 トウモロコシ、大豆、綿花
10 ウルグアイ 1.4 0.8 大豆、トウモロコシ
世界合計 179.7 100.0
出典: ISAAA Brief 51-2015: Executive Summary

 

【アメリカにおける大豆およびトウモロコシの遺伝子組換え品種栽培面積の割合(%)】

出典:USDA ERS

したがって、アメリカで生産されているトウモロコシや大豆はほとんどの場合GMOであることとなるが、これらは直接消費されるのみならず、異性化糖等の甘味料やコーンスターチ、食用油等としても利用され、人々の食生活と密接に関わっている。その一方で、これまでアメリカではGM原料を含むかどうかに関する食品表示は任意であったことから、「消費者に選択の機会を与えるべき」などとする消費者団体等から、表示義務化の必要性が訴えられてきた。

筆者が昨年視察した大豆およびトウモロコシ圃場(ノースダコタ州)も全量GM品種であった

 

しかしながら、アメリカ食品医薬品局(FDA)が「遺伝子組換え食品(GM食品)は一般的に慣行品種と同様の栄養価がある」2とし、世界保健機関(WHO)も「現在市場に出ているGM食品は、安全性評価を通過したものであり、人間の健康にリスクを及ぼすことは考えにくい」3などとしている中で、食品業界や農業界を中心に、「非遺伝子組換えのものと栄養学的な特徴に違いがなく、健康リスクが証明されているわけでもないのにGM食品に特別な表示制度を設けることは、安全性に関する消費者の誤解を招く」などとする主張も強く、アメリカ政府も同様の見解を示してきていたことから、連邦レベルでは表示の義務化が難しい状況が続いてきた。

 

州レベルの遺伝子組換え表示の乱立

その一方で、ここ数年の間、リベラル傾向の強い北東部の州を中心に、州レベルでのGM表示の義務化に向けた取り組みが進んできており、13年12月にコネティカット州で、14年1月にはメイン州で、それぞれ隣接州における同様の法律の発効を条件にGM表示を義務化する州法が成立したほか、14年4月には、同じく北東部のバーモント州で、そうした条件を伴わない州法が16年7月1日を発効日として成立した。

一部遺伝子組換え原料を使用して生産されている旨が表示されたペプシコーラ缶
(出典:Consumers Union)

 

このバーモント州法では、GM原料を一部でも含む場合は「食品の包装上においてその旨を表示すること」が義務付けられており、違反した場合は罰金(1商品・1日当たり1,000ドル)が科されることとなっている。したがって、バーモント州に流通する可能性がある食品については、特別な包装デザインの用意が必要となるほか、GM原料含有の有無について把握しなければならないことなどから、農業・食品業界等におけるコスト面での負担が増すことが想定されていた。

バーモント州法の制定を契機として、例えばペプシコーラを製造するペプシコ社等、州間取引が一般的となっている食品ブランドを有する一部大企業などは、包装上の表示変更等の対応を進めてきたが、他州でも同様の州法が制定され、異なる基準が乱立した場合、それぞれの規制ごとに表示を変更しなければならなくなる恐れがあったことなどから、食品・農業業界を中心に、全国一律の基準を設ける必要性を訴える声が高まっていた。

 

遺伝子組換え表示を義務付ける連邦法の成立

バーモント州法が16年7月1日をもって発効することが確実となったことで、連邦議会においてもGM表示に関する全国一律基準の設立に対する機運が高まり、上院農業委員会のロバーツ委員長(共和党)とスタビナウ筆頭理事(民主党)が中心となり、16年初頭以降、両党間での協議・調整が活発化した。そして、バーモント州法発効を目前に控えた6月23日、両党間の合意に達し、その内容を踏まえた法案が7月7日に上院で可決し、その後14日に下院でも圧倒的多数で可決され、7月29日に大統領の署名を経て成立した。

この連邦法では、どの程度の量のGM原料を含む食品をGM表示の対象とするかなど、基準の詳細は成立から2年以内に農務長官が決定することとなっているものの、全国一律GM食品表示基準を設ける旨が定められている。具体的な表示方法については、GM原料の使用・不使用に関する内容を原則として商品包装に記載しなければならなかったバーモント州とは異なり、そうした商品包装上の文章のほか、シンボルマークや「遺伝子組換えに関する情報を掲載したウェブサイトへアクセスできるQRコード等の選択肢」といった選択肢も用意され、必ずしも包装上に表示を行わなくてもよい内容となっている。

 

 

【連邦法による表示義務等の概要】

Ø  商品包装上に、①文章、②シンボルマーク、③電子的・デジタルリンク(「さらなる食品の情報についてはこちらをスキャンください」と付記し、情報を掲載したウェブサイトに誘導するQRコード等)のいずれかを掲載する。

Ø  どれを掲載するかは食品製造業者等が選択できるが、文章を選んだ場合も、電子的・デジタルリンク(QRコード等)は付記しなければならない。

Ø  消費者がGM情報へアクセスするにあたり、QRコード等の電子的・デジタルリンクが十分かどうかについて発効後1年以内に調査し、十分でない場合は、小売・製造業者との協議の上で、追加的な選択肢を設ける。

出典:「The Agricultural Marketing Act of 1946, Subtitle E-National Bioengineered Food Disclosure Standard

 

また、連邦法と全く同一の基準とする場合を除き、州やそれ以下の政治単位による独自のGM表示基準の制定を禁止するとともに、すでに制定されている基準を無効とする旨が規定されており、7月1日に発効したバーモント州の法律も無効となるほか、各州が新たに独自の基準を制定・実施することもできないこととなった。なお、バーモント州法では違反した場合の罰則規定が設けられていたが、連邦法ではそうした規定は無いほか、農務長官は基準に違反した食品のリコール(回収)を命じる権限を有さないことが明示的に規定されている。

 

議会・業界団体と消費者団体の軋轢

連邦法の意義について、上院農業委員会のロバーツ委員長およびスタビナウ筆頭理事は、農業・食品業界および消費者双方の主張を踏まえた、アメリカで初めてのGM表示を義務づける法律であると強調するとともに、全国一律基準の設立により州法の乱立を防ぎ、企業等のコストも低減できるなどと力説しており、多くの食品・小売企業や、そうした食品の原料を供給する役割を担う農業団体もこうした主張に賛同し、州ごとの制度の継ぎはぎではなく、全国一律の制度ができた成果を評価する考えを表明している。

一方で、消費者・農業・市民団体の中には、①連邦法はバーモント州法と異なり、QRコードなどで代用する選択肢があるなど、商品包装上GM原料の含有が直接明示されない可能性がある、②GM表示に関する州の主権を侵害している、③表示義務に違反した者に対する罰則がないなどと指摘し、その内容に強く反対する主張も見られている。

 

【連邦法に関する業界の主張・反応】

1,100以上の農業・食品・小売業界の企業・団体等4 Ø  消費者や農業者、ひいては食品バリューチェーン全体に直接影響を与える州法の継ぎはぎによるコストを避けることができるようになる。
シエラクラブ、食品安全センターなど79の消費者・環境・農業・市民団体 Ø  連邦法は実際には「義務表示法案」という衣を被った「非表示法案」。QRコードへのアクセスは地方や低所得者などで制限がある。

Ø  連邦法はGM食品表示に関する州の主権を侵害するものである。また、法に違反した者に対する罰則もない。

 

制度の詳細設計は今後本格化

今回成立した連邦法により、全国一律のGM表示義務を設けることが定められたことで、各州等による異なる基準の乱立は未然に防がれ、食品・小売企業や農業者に対する更なるコスト増や流通の混乱についても避けることができるものと期待される。

他方、必ずしもGM食品である旨を商品包装上に記入しなくてもよい選択肢が設けられ、実質的にQRコード等の掲載のみとなることも認められたことや、連邦基準と異なる州独自の基準が既に成立しているものも含めて禁止されたこと、また違反者に対する罰則もないことなど、バーモント州並みの基準を求めていた消費者団体等にとっては不満の残る結果となっていると思われる。

今回の連邦法は制度の大枠を定めるに留まっており、まだGM表示義務をめぐる議論が収束したわけではなく、今後、どの程度のGM原料を含む食品をGM食品とみなすかなどの根本的な考え方を含め、具体的な基準の詳細についてはこれから検討していくことになる。一方、アメリカでは1月20日にトランプ新政権が発足したが、まだこの案件を所管する農務長官や農務省の人事も確定していないため、本格的な検討の開始にはしばらく時間がかかる模様である。定められた制度の大枠に関しても賛否両論が存在するなかで、双方の利害関係者の主張を踏まえ、アメリカ政府がどのような調整を図っていくかについて、引き続き注目していく必要がある。

 

注:

1)アメリカでは各州の独立性・権限が強く、州ごとに州知事と州議会が置かれ、州法の制定を行っており、州を越えると相当ルール(州法)が異なることがある。

2)「Questions & Answers on Food from Genetically Engineered Plants

3)「Frequently asked questions on genetically modified foods

4)大豆・トウモロコシなどの品目団体や全米農業協同組合協会(NCFC)などの生産者団体のほか、モンサント、デュポン、カーギルなどの農業企業、ペプシコやネスレなどの食品企業、コストコ(米Costco)やウォルマートなどの小売企業、全米商工会議所などが名を連ねている。

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米国ワシントンDCにて、農業・貿易政策調査および政治情勢分析に従事。 「足で稼ぐ」がモットー。休日はそこかしこに出かけ、土地のものを食べて飲んで見聞を広げております。